浦原 | ナノ
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▼ 過去編6

あの日、好きだと気付いてから、浦原隊長との距離感がわからなくなってしまった。客観的に見てもわたしと浦原隊長の距離感というのは、なかなかに近いものだったと思う。浦原隊長からしたらペットに餌付けしている感覚なのだとは思うけれど、普通女の子に対して食べ物を口に突っ込んだりしない。そんな簡単に、手を繋いだり、しない。もとはわたしが浦原隊長を放っておけなくて世話を焼いたのがきっかけだったように思うけれど、いつから、なぜ、そうなったのかどれだけ思い返してみてもわからなかった。曳舟隊長の時からひよ里のストッパーをやっていたこと、技術開発局に所属する隊士の仕事を肩代わりしていること等の成果で八席のわたしが浦原隊長のお傍に控えていることは、十二番隊の中ではあまり特別視されることはないのだけれど、他の隊から見たらどうして八席なんかが、と言われていることは知っている。わたしだって、大した取り柄もないわたしが浦原隊長に何かと気にかけていただいているのは身に余ることだと思う。でも、じゃあ、どうして浦原隊長はわたしなんかに優しくしてくれるのだろうか。答えの出ないことをうじうじと考えているのも嫌で、無心でわたしの机に積まれた書類に次から次へと目を通していく。いつもよりも書類が多く感じるのは、先日の虚討伐の件で浦原隊長に注意を受けた涅三席の嫌がらせ分だろう。浦原隊長に呼び出された後にギョロリ、と無言で睨まれたのをよく覚えている。

「なまえサ〜ン、お茶お願いできますか〜?」

「は、はい!」

びくり、と肩が跳ねる。浦原隊長に声をかけられただけで、大げさなまでに反応をしてしまった。お茶をお願いされるのなんて、いつものことなのに、全然いつものようにふるまうことが出来ない。

「平子サンが来てるので、4つお願いします」

お茶菓子は平子サンが持ってきてくれたので大丈夫です、とだけ言って執務室から去っていく浦原隊長。4つ、ということはひよ里と藍染副隊長も同席されているのだろう。お茶を淹れながら大きく深呼吸をする。鋭い平子隊長の前であからさまに動揺してしまっていたら、わたしの気持ちなんてあっという間にバレてしまうだろう。無心で。いつものように。よし、と意気込んでいつものように入れた曳舟隊長直伝のお茶を4つお盆にのせ、隊首室の前で立ち止まる。みょうじです、と声をかけ、返事を聞いてから失礼します、と言って戸を開く。中には浦原隊長と平子隊長、そして平子隊長の隣に座るひよ里の姿があった。想定していた藍染副隊長の姿がない。3人しかいないのに、どうしてお茶を4つ頼まれたのだろうか。お茶を3人の前に置くと、なまえサン、と浦原隊長がわたしの名前を呼んで自身の隣をぽんぽん、と叩いた。まさか、座れと言いたいのだろうか。

「なんや座らんのかい」

「い、いえ…」

残り一つのお茶をのせたお盆を持ったまま立ちすくむわたしに3人の視線が集まることに耐えかねて、浦原隊長の隣に腰掛ける。なるべく端っこに避けて座ったせいか、明らかに距離をとっているような形になってしまった。

「そんな端っこだと座りにくくないっスか?」

「喜助に近寄りたくないんとちゃうか?」

「どーせ喜助のハゲがセクハラしたんやろ!」

「エッ」

「ち、ちがいます!」

予想通り対面のふたりから浦原隊長への一斉放火が始まってしまったので、慌てて座り直す。思ったより距離が近くて、動いたら浦原隊長に腕が当たるかもしれない。心臓が跳ねるのを感じるが、先程の行動できっと変に思われてしまっている。絶対に態度に出すことなんてできない。なんでもない風を装うために、一生懸命無表情を装った。

「なまえ、アンタ機嫌悪いん?」

「悪くないよ」

「そないに仏頂面で言われてもなぁ」

「スイマセン。忙しい中無理に引き止めちゃったっスね」

訝しげなひよ里と平子隊長。それに申し訳なさそうにわたしを見る浦原隊長。業務量は、確かに多いけれど、余計なことに現をぬかしてなければお茶するくらいの時間は作れる程度だった。むしろ、本当は、こうしてみんなでお話する場に呼んでもらえて、うれしいのに。

「ほ、本当に!なんでもないです」

ぐい、と浦原隊長の隊長羽織を掴んでこっちを向いてもらうために引っ張る。態度が変になっちゃうのはわたしの問題で、浦原隊長は何も悪くないのだから、それで不快な思いをさせたくない。驚いたようにわたしを見る浦原隊長と、顔が近い。頬が熱くなっていくのを隠すように、だからお気になさらないでください、と語気を強めて正面を向き直り、お茶を口に含んだ。

「こないだマユリのせいでエライ目に遭うたて聞いたで」

「ああ、はい。浦原隊長に助けていただかなければ死ぬところでした」

「あンの白玉団子、ウチが非番やったからって調子に乗りおって!」

憤るひよ里を、もう十分涅三席に文句言ったでしょ、と宥める。涅三席は当然ひよ里が何を言おうと聞く耳持っていなかった。平子隊長は半目でホンマにめんどいやっちゃなあ、とぼやく。これでわたしが涅三席に書類を押しつけられていることを言いでもしたらまた大変な騒ぎになりそうだ。

「平子サンが持ってきてくれた干菓子、美味しいっスよ」

我関せずの様子の浦原隊長が、はい、とわたしの顔の前に差し出したかわいい形の干菓子に思わず口を開けると、間髪いれずに口の中に押し込まれる。その際、微かに唇に触れた浦原隊長の指の感触。またぶわり、と頬に熱が集まっていく。

「く、口に放り込んでくるのは禁止って言ったじゃないですか!」

「おいコラハゲェ!それがセクハラや言うてんねん!!」

真子!席替わり!と、平子隊長とわたしの座っている場所を交代させるひよ里。とっても助かるのだけど、さっきから平子隊長の意味ありげな視線が刺さっている。もうだめだ。これは完全に気づかれてた。ほ〜?と目を細めてわたしを見た後、何事もなかったように隣の浦原隊長と話し始める平子隊長。もう気が気ではないけれど、とりあえず今は黙っていてくれるらしい。そわそわと落ち着きのないわたしに対して厠ならはよ行き、と大声で言うひよ里の口をわたしの手で塞ぎ、浦原隊長と平子隊長に、ちがいますから!と必死に否定する私をちょっと引いた目で見ていた平子隊長はしばらく忘れられないと思う。わたしが来る前に大切な話は済んでいたようで、その後は普通に世間話をして、お茶がなくなると平子隊長はしゃーないから戻るわ、と席を立った。ひよ里の隣になってからようやく落ち着いて口にできた干菓子はとてもおいしかったので、改めてお礼を言わなければ、と思っていると、平子隊長に名指しで見送りに指名される。わかっとるやろな、と目が語りかけていた。

「ボクもお見送りしますよ」

「うちは行かへんけどな!」

「…めんどいやっちゃなあ。察しが悪いとモテへんで?」

「ひ、平子隊長!ほら、見送りならわたしが行きますから!お帰りはあちらです!」

ひよ里を無視している平子隊長に飛んできそうな飛び蹴りと浦原隊長に誤解されかねない言い回しから逃げるように平子隊長の背中を押して十二番隊の隊舎の出口へと連行していく。もう、さっきまで気づいて黙っていてくれるなんてさすが平子隊長、とちょっと見直していたのに。隊首室から十分離れて、平子隊長の隣に並んで、少し歩調をゆるめた平子隊長に合わせて歩く。

「で?今どないなっとるん?」

「どうにもなってません」

「絶賛片想い中いうわけや」

「やめてくださいその言い方」

「なんや可愛げがなくなったんとちゃうか?」

心底放っておいてほしい。にやにやする平子隊長の顔面を殴りたいと思ったのは初めてだった。今ならひよ里の気持ちがよくわかる。わたしだって、最近気付いたばかりで、まだ浦原隊長とどう接したらいいかわからずにいるのだ。これまで通りにしたいのに、全然そうできない。このままじゃ、平子隊長に気づかれたように浦原隊長本人がわたしの気持ちを察するのも時間の問題だろう。

「このままじゃ、浦原隊長に迷惑をおかけすることになりかねません」

「アホ。下のモンは上のモンに迷惑かけてナンボやろ」

それをどうするかで上に立つ人間の手腕が問われる。至極当たり前のようにわたしの悩みを一蹴して、平子隊長は立ち止まってわたしと向き合った。気づけば、十二番隊隊舎の入口に辿りついていたようだ。

「それにな、自分を想ってくれるコを邪険にするような男に、オマエは惚れへんやろ」

精々頑張りや、と後ろ手に手をひらひらと振って五番隊に帰っていく平子隊長の背中を見送る。かなわないなぁ。いくらひよ里と仲が良いとはいえ、他隊のわたしまでわざわざ気にかけてくれるなんて。以前いちご大福をいただいた時もそうだけど、そういうところが平子隊長が隊長たる所以なのだろう。ここのところ悩んでいたのが嘘みたいに、視界が晴れやかだ。そうなれば、次にすることは決まっている。

「あのハゲになんもされんかったか!?」


執務室に戻ってすぐにすごい勢いでわたしの肩を掴んだひよ里。平子隊長を見送る際のやり取りが気になって、わたしが戻るのを待機していたのだろう。昔からひよ里はわたしを、気にかけて、心配してくれるから。

「ひよ里、あとで聞いてほしいことがあるの」

だから、浦原隊長への気持ちを受け入れるのであればまず、わたしの大切な親友に、話をしなければ。わたしの気持ちを、聞いてもらう。きっと趣味悪いとか目を覚ませとか、ボロクソ言われるんだろうなあ。それでも、最後には応援してくれるのだろう。聞いてくれる?ひよ里に聞くと、べし、と頭に衝撃が走る。

「当たり前や!!」

わたしよりも低い位置に頭があるのに、えらそうにふんぞり返るひよ里に、叩かれた頭を押さえながら、ありがとう、と笑った。


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